2016年10月17日月曜日

「「おことば」を読み解く 象徴天皇制の核心言及」『北海道新聞』コラム「各自核論」2016年10月15日(土曜日)朝刊6面

「おことば」を読み解く 

象徴天皇制の核心言及

『北海道新聞』コラム「各自核論」2016年10月15日(土曜日)朝刊6面


 「我日本の政治に関して至大至重のものは帝室の外にあるべからずと雖(いえど)も、世の政談家にして之(これ)を論ずる者甚(はなは)だ稀(まれ)なり。」と福沢諭吉『帝室論』〔1882年〕緒言は始まっている。自らの不明を恥じるほかないが、私自身、今上天皇がこの八月に「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」(宮内庁 8月8日)のビデオメッセージを国民に向けて発するまで、平成という時代の象徴天皇制について深く思いを凝らすことがなかった。しかし、多くの国民がおそらくそうであったように、天皇の言葉に、私もまた、表現することが難しい鮮烈な思いに打たれた。
 天皇は「個人」として明確に語った。自分は「日本国憲法」で「象徴」と位置づけられた 「天皇」として「皇室」の望ましい在り方を日々模索してきた。それは、日々変化し続ける世界にあって、皇室が、「いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくか」を考えることなのだ、と。
 語られたのは、「国事行為」の執行者としてだけではなく、あるいは「国民の安寧と幸せを祈る」天皇の務めにとどまらず、「時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添う」、天皇の「象徴的行為」の強調である。
 日本国憲法第一条にいう「国民統合の象徴」として、自身は、天皇の「象徴の務め」を果たすべく、皇后ととともに、各地を訪れ、ときに遠隔の島々まで旅をした。どの地域においても、共同体を支える市井の人々を見いだし交感に深く思いをいたし、「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという努めを、人々への深い信頼と敬愛をもって」果たすことができた。そのように天皇が自ら語りかけるのを聞いて、人々は、これまで切れ切れに記憶してきた、被災地を訪れてときには膝を折って語りかけ、人々を励まし、また高齢をおして遠隔の島にまで足をのばして戦没者を慰霊する天皇皇后の姿を思い浮かべ、その象徴的行為の意義に深く感応したのである。
 歴史のフィルターを通して見れば、天皇の事蹟が、明治以来の天皇行幸や昭和天皇の戦後巡幸と重なること、「国民の安寧と幸せ」や「信頼と敬愛」の表現は、昭和天皇の「終戦の詔勅」の文言と響き合っていることなどが浮き彫りになる。そこからは、今上天皇が、決して平坦ではなかった先代天皇の時代を、いかに贖い、更新しようと努めてきたか、それこそが、伝統を継承しつつ戦後の憲法に基づいた「国民主権」の民主主義に礎をおき(憲法第1条により、天皇の地位は「国民の総意に基づく」)、平和主義を深く実質化する企てと考えてきたかが垣間見える。「日本国憲法」にもとづく象徴天皇制の核心的ドグマ(教義)が天皇の口から語られたとも理解できるのである。
 現代の世俗化した世界において、政治から超脱した権威(カリスマ)が、人々に寄り添い、魂を慰撫し、人々の心を深くとらえるのを経験する機会は多くない。私たちに思い浮かぶのはイラク戦争時に平和主義を貫いた晩年のローマ法王ヨハネ・パウロ二世の姿ぐらいだろうか。
 西欧君主制の政治神学の基礎には「王の二つの身体」ということが言われる。自然的身体と政治的身体である。現代の我が国の天皇制に当てはめられるかには議論の余地はある。だが、天皇が訴えたのは、日本国憲法に規定された「国民統合の象徴」の自然的身体の衰えである。その身体が、「象徴の務め」をおこなう政治的身体として支えてきた、「平成」という時代が、ある区切りを迎えようとしているので、日本国憲法の象徴天皇制を継続させ安定化させる制度措置が、ここは、ぜひとも必要だと言明したのである。
 この言葉は、いうまでもなく限りなく重い。世俗の政治においては、戦後憲法の枠組み自体を揺らがせようとする動きも増すなかで、国民主権、象徴天皇制、平和主義という戦後日本の大原則を文字通り体現してきた政治的身体のこの言明をいかに受け止めるのか。その先には、まだ読めぬ大きな歴史の深みが拡がっているように思えるのである。
                         

2016年10月16日日曜日

「文字が機械で書かれる時代のメディア論 人文知を書き換えるための指針を探る」 「月刊Journalism」(朝日新聞社)2016年 9月号「時代を知るための120冊」


格闘技としてのメディア研究


メディア論という「知の新開地」


 書物について語ることが、良くも悪しくも、書物の終わりを語ることに直結してしまう時代を、私たちは生きている。 私がこれまで開拓してきたのは、メディア論とか記号論という、まだ新興の学問分野なのだが、この領域「書物の終焉」問題と深く結びついている。情報やメディアは、文字や書物の文明を終わらせると、いつも議論されるからだ。 ひときわそれを鮮明に打ち出したのは、『グーテンベルクの銀河系』①を書いた、カナダのマクルーハンだった。二十世紀の半ばに現れたメディア論のカルト理論家といっていい。 「銀河系」という秀逸な比喩で活字文明圏から電子メディアの文明圏への交替を、モザイク手法と呼ばれる印象的な文体を駆使して鋭く診断してみせた。「メディアはメッセージ」、「クールかホットか」、「グローバル・ビレッジ」とキャッチーなコピーを次々と繰り出して、テレビ文化が席巻していく二十世紀のコミュニケーション文明の姿を鷲掴みにしてみせた。「マクルーハン旋風」と呼ばれ、生前はメディア・タレント化した毀誉褒貶ある人物だったが、理論家としての評価が高まったのはむしろ死後である。インターネットが急速に発達する二〇世紀末になって、「マクルーハン・ルネッサンス」が起こった。
 トロント大学には、マクルーハンが教えていた、もとは厩舎だったという、かなり質素な「文化と技術センター」の煉瓦造りの建物がある。その教室にはテレビ画面から飛び出したラッパの吹き手たちが「サイレーンの歌」のダンスを踊る極彩色の絵画が壁一面に掲げられている。かつての主のお気に入りの作品で、ホメロスの『オデッセイア』からとられた場面だが、なるほど面白い構図で、メディア研究とはサイレーンの歌を聴くことなのかなと思ってしまう。
 マクルーハンは、もともと中世の文学や修辞の研究で知られ、文芸理論家としても卓抜した才能の持ち主だった。『銀河系』に収録された論文「ジョイス・マラルメ・新聞」はメディアと文学との関係をシャープに描き出した傑作だ。 比較するのもおこがましいが、私も彼と同じく、文学の研究から出発したひとりである。「世界は一冊の美しい書物に到達するために出来ている」ということばを残したマラルメ②の研究から出発したのだった。 マラルメにとって文学は、「ジャーナリズム」(いまでいえば「情報」)の「虚無」に対抗するもの。文学をメッセージの研究ではなくて、言語や文字がこの世で存在する条件について問う営みと理解するようになると、メディア論になる。その問いを突き詰めていくと、既存の文学研究の枠を踏み越えることになる。「文字とは何か」とか、「本とは何か」という問いに結び付き、メディア研究に踏み込むことになるわけだ。


古典と教養


 メディア論という「新開地」は、ときに楽しく、一時的に華やぎ、しばしばすぐにうらぶれ、浮沈が激しい。新しい知が生まれ出る瞬間に立ち会うこともあれば、数年すれば消えてしまう空騒ぎにも出会う。ここで繰り広げられるはいつも異種格闘技で、研究者は相当タフでなければやっていけない。 マクルーハンの時代はテーマはテレビだったが、今や、電子メディア、コンピュータやソーシャル・メディアや電子書籍がさかんに論じられている。 次々と技術革新が起こり、新奇な文化現象を繰り広げるから、その影響を受けやすくめまぐるしい変動がある。学部の卒論でメディア論をやりたいなどという若者が相談に来ると、そんなことはおやめなさい、君自身の元手になる基礎的な勉強を今のうちにしなさいと忠告することにしている。 インターネットを卒論で扱いたいというような学生には、ボルヘス③を読むことをまず進める。じっさい、私たちが少し前から住まっているインターネットのWWW(ワールド・ワイド・ウエブ)の世界は、そのままボルヘスの短編「バベルの図書館」が実現したものなのだ。GPSとグーグルマップの世界は別の作品「学問の厳密さについて」で、土地と同じ尺度で地図を製作した帝国の話とそっくりだし、ライフログをとりつづける情報端末化した人間は、これまた別の短編の「記憶の人フネス」のように忘却を喪失した人間の悲劇を生きることになる。そのような今の世界を徹底的に考え抜いたのがボルヘスの作品宇宙なのである。
 このアルゼンチンの盲目の大作家は、ブエノスアイレスの国立図書館長だった。私は修業時代にこの異形の人を二度近くから観察する幸運に恵まれた。まだ大学院生のころだが、いちどは東京で開催された国際会議を手伝っていたとき、この盲目の作家は奈良を訪れて朝霧のなかで鳴くシカの声がとても神秘的な不思議な国だと語った。二度目は留学中のパリで聴いた講演で、マラルメが翻訳したポーの詩を美しいフランス語で暗唱して聞かせてくれた。サッチャーの英国とアルゼンチンの軍事政権がフォークランド諸島をめぐる軍事紛争を繰り広げた直後で、ジャーナリストたちの質問を受けた作家は、「櫛を奪い合う二人の禿げた男の争いだ」と喝破した。彼の眼前には、「バベルの図書館」に描かれたような漆黒の深い闇が拡がっていたようであり、その万有図書館の書架の列を辿るように、じつに適確な思索と表現がその記憶の迷宮から引き出されてくるのを目の当たりにした。
 移ろいゆくやメディアの世界を読み解くためには、情報の星雲を遠くから視野に収めるための深い孤独と知性の拡がりが必要だ。私は永らく駒場でフランス語を教えているが、そのやり方は旧制高校のままで、初級文法を終えたら、二学期になると、デカルトやベルクソンやポアンカレなどいきなり難しい原書を読ませる。これまでライプニッツもよく学生と講読した。ITやWWWで成り立つ世界を考えるためには、天才ライプニッツを知らなければならない。彼こそ、コンピュータの思想的発明者なのだし、モナドロジーこそ、普遍的コミュニケーションのモデルだ。『人間知性新論』④のフィラレート(ロック)とテオフィル(ライプニッツ)の対話からは、可能世界と予定調和にせよ、中国の漢字論にせよ、普遍記号法、結合法にせよ、好敵手のジョン・ロックを仮想対話者に、ライプニッツの自説が縦横に語られていく。私のメディア論の基礎となっているのは、記号論という学問なのだが、そのバロック期における提唱者こそロックとライプニッツで、いまでもこの架空の対話は興味のつきない源泉となっている。


研究のための読書 


 「私はこの本に出会って人生が決まりました」というようなロマンチックな読書論は青年期のためのものである。 人生が青春の大恋愛だけで終わったりしないように、研究のための読書となれば、もっと大人の視点も必要になる。十代の学生たちには、読書においてももっぱら恋と革命をけしかけるが、薹(とう)が立った大学院生ともなれば自ずとちがった読書法を必要とする。 本を読むときには、「リバースエンジニアリング」を心がけよと院生たちに対してはアドバイスしている。エンジニアたちは、ライバル社の車が発売されると、ただちにバラバラに分解して、どんな部品とソリューションで作られているのかを割り出して評価する。研究者の読書も基本は同じだ。注目すべき研究書が刊行されると、その本を手に入れて、目次と章立て、参考文献、参照や引用などから、その本がどんなパーツから組み立てられどんなソースコードで書かれ、どこがその本のイノヴェーションなのか割り出すことができなければならない。研究の時間は有限で、自分にとって読むべき本なのか、どこを読むべきか、何が活用可能なのか、すぐさま分析できなければならないのである。 私は、あるときから、メディアや情報の研究を、人文学の「番外地」でなく「中心」に据えるには、どうしたらいいかと考えるようになった。メディア論という新興分野を本当の学問に育てるにはどうしたらいいのかと考え始めたのである。そのために戦略的な本はどれなのか。試行錯誤を重ねた。 私が打ち出しているのは、メディアを「文字の問題」を軸としてとらかえす視点である。研究者として、だいぶ大人になってから、研究戦略上の判断があって、割り出したのである。脱構築のジャック・デリダの『文字学について』や、この研究での二十年来の盟友であるフランスのベルナール・スティグレールの『技術と時間』⑤シリーズ、それに数年前に亡くなったドイツのフリードリヒ・キットラーの著作などが手掛かりになっている。じっさい、優れた理論家たちの著作のエンジンルームを開けてみるとじつに独創的なソリューションが採用され精巧なメカが回転し妙なる音楽を奏でていることが分かるのである。


メディアと「テクノロジーの文字」 


 一九世紀が発明したメディア技術が人類の文明を書き換えていくのが二〇世紀以降のメディア文明である。一九〇〇年頃を境に、学問も思想も文字と書物だけでは書かれなくなる。

 ソシュールは電話をモデルにことばのコミュニケーションを研究することで言語記号学を開始した。フロイトの精神分析⑥は写真機や電話や蓄音機や映画をモデルに人間の心をモデル化しようとした。フッサールやベルクソンは、蓄音機や映画が視覚や音声を再生可能にするなかで人間の意識やイメージを解明しようとした。二〇世紀とともに現れたこれらの思想家たちは、本のみで考えている人たちではなく、メディアで考えているメディア思想家たちなのである。写真はフォトグラフ(光の文字)、蓄音機は「フォノグラフ(音声の文字)、映画はシネマトグラフ(運動の文字)。要するにメディアとは、すべからく機械が書くようになった文字の問題なのである。私はそれを「テクノロジーの文字」と呼んでいる。 写真のシャッターが切られる瞬間も映画の毎秒24コマも、機械が読み書きする「テクノロジーの文字」が人間には読めない。しかし、人間が読めないことによって逆にメディアは人間の意識をつくる。これが「技術的無意識」の問題である。現代人の意識生活は、メディアの技術的無意識の上に成り立っている。そう考えると、いま名前を挙げた、二〇世紀とともに登場してきた思想家たちが、例外なく、現代人の「無意識」を提起した理由が分かる。 機械が文字を書き、そのテクノロジーの文字が人間の意識を生産するようになると、意識が産業化する。二〇世紀以降、メディアは「意識産業」となり、大衆を出現させ、欲望と消費を生み出し、大衆社会を動かしはじめる。アドルノ・ホルクハイマーの『啓蒙の弁証法』⑦以来、これを「文化産業」と呼ぶのだが、その具体的な経緯を知るには、マーケティングの創始者で、フロイトの甥、エドワード・バーネイズの『プロパガンダ』⑧を読むのがいいだろう。現代の政治と経済の原動力となってきたプロパガンダや広告マーケティングの創始者が、精神分析の創始者フロイトの甥であることは決して偶然ではない。 メディアや情報とは、二〇世紀のメディア革命以後、世界を突き動かしている資本主義の中心的な問題で、決して知の問題にとどまらないことが分かってくる。


メディア論が人文知を書き換える


 こんなふうにメディアと人間との関係を考えはじめると、いままでとは相当異なった知の風景のなかに立つことになる。 二十世紀以降は、文字の知が変容した。文字と書物によってのみ成り立つ人文学ではなくて、テクノロジーの文字学が人間を考える大きな手掛かりになるのである。 そこからまた、いままでとは異なった方法で、人間・文化・社会を考える、新しい知のサイクルが生まれるのである。 メディアを深く考えるためには、ヒトの発明にまで遡る必要がある。メディアは、人間にとってシンボルの活動であると同時に技術の活動でもある。その解明には、人類学や進化論の知識が必要になる。
 
 道具使用とことばの使用、社会の発生を考える糸口として、最良の入門書は、ルロワ=グーランの『身ぶりと言葉』⑨だ。「直立二足歩行」が、ヒトを生み出した決定的な形態進化上の出来事で、直立歩行によって動物の前肢から「手」が獲得されて道具使用の「技術」をもたらした(手の解放)。直立歩行は同時に頭蓋を局大化させ高度な「言葉」を操る「脳」の進化を引き起こした(脳の解放)。動物の面が後退して「顔」が生まれ、「社会」が準備された。生物進化の知識と先史学の調査に裏付けられた、ルロワ=グーランの技術進化の理論は、いまでも技術とシンボルの活動を考える出発点であり続けている。 「手」の進化の系列が技術を発達させる。「脳」の進化の系列はことばやイメージといった高度なシンボル活動を発達させた。そして、その両方の進化の系列が出会うのが、手が脳の活動を「書く・描く」という、絵や文字をかく活動である。そのとき記号が書きとめられ、例えば、洞窟の磨かれた壁面のようなメディアが発生する。ルロワ=グーランの先史学は、そこまできれいに説明することを許すじつに優雅な理論なのである。 文字の歴史的な研究には膨大なものがあるが、文字の一般学とでもいうべき研究は非常に少ない。 だいぶ前にヒヒはいかに記号を見分けるかという研究を行っている脳科学者と国際会議で同席したことがあった。その出会いから脳は文字をどのように情報処理しているのか脳神経科学の研究に私の関心が拡がった。じっさい、最近の読字・読書の脳神経科学研究の発達にはめざましいものがある。代表的な一冊を挙げるとすれば、ドアンヌの研究だろう⑩。動物がそなえている自然界の空間識別の徴を処理している脳の中枢が、文字要素の識別に振り向けられていくのがヒトによる文字の獲得で、後天的な習得によって「文字中枢」が作り出されるというのがドアンヌの「ニューロン・リサイクル」仮説である。何百種もバラバラに存在していると思われていた人間の文字は、じつはみな三ストローク以内で書ける共通の文字要素からできていて、その要素こそ自然界の空間識別のためにヒトが持って生まれてくる形態要素なのだという驚くべき知見も述べられている。


新しい知のサイクル


 技術とシンボルの活動、文字・絵とその記入面が学問的に整理できれば、ヒトのメディア活動の一般理論まで あと一歩だ。文字や絵は、ヒトの認知活動を書き取るシンボル操作だったが、それを書き付ける表面は、洞窟の壁面からさまざまな人工物の表面へと拡がり、次第に特化して頁となり本となっていった。文字もテクノロジー化して、ますますヒトの手を経由しなくなっていった。絵や文字を描く/書く表面は、やがて映画のスクリーンやテレビやPCやスマホの画面に技術進化していった。  文字や読字・読書についての研究もまた、脳神経科学や進化論の研究によって革新されている。そこから先に、見えてくるのは、文字や書物をめぐる研究が、メディア研究と結びついていく新たな知の配置である。 さて、厩舎を改造したマクルーハンの研究所の壁に掲げられていた電子メディア時代の「サイレーンの歌」の壁画に話を戻そう。マクルーハンは、ホメロスの詩において、「策謀巧みな男」オデッセウスが「多様なデバイスを使う人」とも呼ばれていることに注目していた。ホメロスの時代の口承詩は、文字以前の部族社会では、多様な知識を即興的に引き出すための「部族百科事典」だったのだとも述べている。情報が氾濫した世界のなかで、私たちもまた、いまメディア部族社会を理解するために、新しい「部族百科事典」を必要とし、「多様なデバイス」を使いこなし「策謀巧みな」オデッセウスとなることを求められているのだろう。 

2016年10月4日火曜日

『<よむ・かく>の新しい知識学』(学術俯瞰講義) 石田英敬 他 公開開始



2014年冬学期の東大学術俯瞰講義
『<よむ・かく>の新しい知識学』

UTokyo Open Course Ware で公開開始
(「4倍速」で視聴可能です)

コーディネータ 石田英敬(教養学部/付属図書館副館長)
ナビゲータ   阿部卓也(情報学環)   

 <よむ・かく>は、記憶・思考・認識の基本的な身ぶりです。今日では、コンピュータもロボットも<よむ・かく>活動を行っていますし、ヒト、動物、生命が、いかに<よむ・かく>活動を行っているのか、多様な学問領域で研究が進められています。
 本年度の学術俯瞰講義「情報」では、人文学から情報科学まで、ロボット学から認知科学・脳科学まで、文字学・書物学から情報デザイン学まで、知の先端領域を拓きつつある講師陣を迎えて、<よむ・かく>活動をめぐる<新しい知識学>の姿を皆さんと探ってみようと思います。

Coordinator: Hidetaka Ishida (Assistant Director of Library System / College of Arts and Sciences)
Navigator:   Takuya Abe (Interfaculty Initiative in Information Studies)

“Reading and writing” are fundamental motions of memory, thinking, and recognition. Research is currently being conducted in a variety of academic fields into the actions of reading and writing, even by computers and robots, and also into how people, animals, and other entities perform the actions of reading and writing.
 In these lectures, we welcome a group of instructors who are forerunners in leading fields of knowledge, from the humanities to information science, from robotics to cognitive science and neuroscience, and from studies of characters and books to information design studies. We would like to investigate with you the forms of “new knowledge” that surround the actions of reading and writing.