2015年8月17日月曜日

石田 英敬 (編集), 吉見 俊哉 (編集), マイク・フェザーストーン (編集) 『デジタル・スタディーズ1 メディア哲学』東京大学出版会



序章 知のデジタル転回    石田英敬


 二〇世紀はメディア・スタディーズの勃興期だった.
 一九世紀に写真、電信、電話、フォノグラフの発明に始まったメディアとコミュニケーションのテクノロジー化が、人間文明を大幅に書き換え、大衆社会が出現し、世論が政治を動かし、集団心理を操るプロパガンダや広告マーケティングが発達する。文明の大変容にともなって、メディア研究の学際的なフロンティアが拡がり、人間、文化.社会を研究するために、人文学、社会理論、情報理論などの多様な研究が次々に花開いた。現在では、ナノ工学、計算機学から脳神経科学まで、法学、経済学から、文化研究、社会理論、芸術学まで、文科系理科系を問わず、あらゆる学問分野が、メディアの研究に関わっているともいえる。
 他方で、文字、本、活字の歴史 – それは書記メディアの歴史である -- を考えれば容易に分かるように、 メディアとは、人類の知識技術であり、〈知〉の伝播と保存の手段である。二〇世紀にメディア・スタディーズが浮上したのは、M・マクルーハンが「グーテンベルクの銀河系」と呼んだ活字を基礎とした近代の文明圏が、自明性を失ったからである。活字本と新聞によって知が編成される文明圏から、それ以後のメディアによっても知が生成し、認識が生み出され、文化が編成を受ける文明圏へと移行した。二〇世紀に興隆した、メディア・スタディーズはしたがって、〈知〉の成立条件についての認識論的、存在論的な問いを必然的に伴っている。
 本シリーズの編者たちは、二〇〇七年にメディア・スタディーズの世界的理論家たちを集めて東京大学大学院情報学環国際シンポジウム「ユビキタス・メディア――アジアからのパラダイム創成」を開催した。二一世紀の初めの時点で、「遍在化する(ユビキタス)メディア」についてどのような認識を持つことができるのか。デジタル・メディア時代の〈メディアの知〉のパラダイムを探ろうとしたのである。
 今回、「デジタル・スタディーズ1 メディアの哲学」として、デジタル化時代のメディア・スタディーズの出発点に位置づけられるそれらの主要な理論家たちの論考を揃えた。新しい〈メディアの知〉を切り拓くことができるのか、そのマニフェストがこの巻である。
 メディア・スタディーズは二〇世紀のアナログ革命を契機として生まれ、活字メディアを基礎としてきたそれまでの近代の知を根本的に問い直す役割を担った。二一世紀初頭の現在、コンピュータの発達によって進行した第二のメディア革命である〈デジタル革命〉は、比較にならない規模で、人間文明を根底から揺さぶっている。〈デジタル・スタディーズ〉とは、デジタル・メディアが遍在化した文明の研究である同時に、〈知のデジタル転回〉の認識パラダイムを提示しようとするものである。

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