2016年6月9日木曜日

 北海道新聞「各自核論」2016.06.04

「新しい直接民主主義」



世界各地で新しい直接民主主義の動きが活発である。具体的にはデモや集会のことだが、先進国でも従来見られなかった現象が拡がりつつある。
 フランスでは3月から社会党政権が提出した労働法の改正案に反対する運動が拡がったが、そのなかから、Nuit Deboutと呼ばれる大規模な直接民主主義の運動が拡がった。「ニュイ・ドゥブー」と読むのだが、「夜、立ち上がれ!」というような意味である。
 労働法案に反対するデモをきっかけに、パリのレピュブリック広場に集まった人びとが始めた占拠運動である。ソーシャルメディアで結びつき、夜になると、性別も年齢も人種も職業も多様な群集が広場に集まってきて、政治、政策、社会の課題について多種多様な議論を繰り広げる。教育制度や仕事のあり方を討議したり、ここを拠点に、デモが組織されて、役所や問題企業に押しかける。広場では、コンサートが開かれたり、古本市があったり、デモ集会とお祭りの中間のような雰囲気につつまれる。
 運動のカレンダーは広場占拠が始まった3月31日から起算されていて、二ヶ月をへて、「3月90日(5月29日)日曜日」現在、まだ続いている。パリだけではなく、フランス各地60都市以上、さらにはヨーロッパ各国やカナダにまで拡がり、各地で「ニュイ・ドゥブー」が開催されている。
 きっかけが労働法案撤回ではあっても、明確な政治的要求のみを掲げているわけではない。もっと包括的で持続的なかたちで、政治のあり方そのものを問おうという志向が顕著なのである。
 占拠を永く続けるというと、バリケード封鎖や革命的蜂起といった暴力的な行動を想像しがちだが、極左やアナーキストのグループを除けばそのような志向はなさそうである。
 占拠された広場の自主管理のために、委員会、広報案内、医療介護、食事提供、清掃などのチームが整然と組織されている。ただし指導者はおかない。いろいろな団体や政党関係者も出入りしているが、あくまで個人がベースのフラットな運動である。
 全体会に議されるテーマは、社会経済政策、資本主義による破壊、環境エコロジー問題、フェミニズム、性的マイノリティー、移民問題など多様だが、ユニークな議事の進め方を採用している。身ぶり・手ぶりによる独特な「サイン言語」を使って、集会の参加者全体が、「賛成」、「反対」、「話が長すぎ」、「差別的発言だ」など、サインを送り合って審議して採決する。
 面白いテーマは、例えば、「くじ引き民主制」。古代ギリシャのポリスでは、議員はくじ引きによって選出されていた。現代では、くじ引き制度は、裁判の陪審員等に限定される傾向があるが、ギリシャ的な直接民主制に立ち戻ろうというのである。重要議題として議されているのは、「新憲法」を制定しようというものだ。これまた、近代民主主義の原点を想い起こさせる。
 この運動のこれからの行方はもちろん誰にも分からない。革命の記憶が刻まれた、パリならでは政治文化と都市の歴史に支えられてもいる。フランス的特色はあったとしても、同時に、世界的な動きであることにも注目したい。2011年5月にスペインで起こった「15M」運動や、同年9月にアメリカで起こった「ウォール街を占拠せよ(オキュパイ)」運動、2014年の台湾の「ひまわり学連運動」も引き合いに出される。
 これらはいずれも、現在のグローバル世界に立ちこめている閉塞を打ち破ろうとする政治表現の動きである。
 政党政治の劣化と政権交代への幻滅、格差の拡大やエリート支配に対する不満、グローバル資本主義に対抗する政治の軸が見えない閉塞感など、共通の背景をもっている。既存の政治が答えきれない、多様な社会課題の浮上を前にして、 代議制民主主義が機能しないならば、直接民主主義の原点にもどって、政治をつくり直そうという動きの表れである。そしてこの問題は、もちろん、我が国にも共通している。