2015年1月16日金曜日

「フランスの連続テロ: 根底に若者の生きづらさ」『北海道新聞』コラム「各自核論」2015年1月16日(金曜日)朝刊9頁

世界が迷い込んだ途方もない闇を前に暗澹たる気分でいる。
 一月七日のフランスの風刺紙『シャルリー・エブド』の襲撃に始まるパリ・テロ人質事件は、あらためて、現代民主主義が直面している困難を浮き彫りにした。
 パリの中心部で白昼週刊紙の編集部が攻撃されジャーナリストが皆殺しにされる。特殊コマンドのような犯人による銃撃映像がネットに上げられてすぐさま世界中をかけめぐり、別の銃撃事件、人質事件へとめまぐるしく展開。テレビ中継下で特殊部隊の突入が繰り広げられる。
 ニュースは世界を駆け巡り、数日後には世界の首脳がパリに集まって「テロとの戦い」を宣言。「表現の自由」を守れ、テロに屈するな、と、数百万人もの空前のデモがフランス全土を覆い、「共和国」の価値が昂揚する。まるで急テンポで進む記録映画を見ているような展開だった。
 殺されたマンガ家たちは、フランスでは知名度の高い描き手たちだった。門外漢の私でも、彼らのデッサンならすぐ思い浮かぶ。 
 フランスにおける風刺画の歴史は、そのまま共和国の歴史に根ざしている。カリカチュアと呼ばれる風刺ジャンルが誕生するのは一八世紀末のフランス革命期。教会権力と共和派が闘争を繰り返した一九世紀を通じて政治の武器として研ぎ澄まされた。共和国はカトリックの宗教権力と鋭く対立して、神権性を否定することで、世俗権力を打ち立てていった。世俗性こそ共和国の基盤であり、風刺画は、まさしく、宗教権威の「聖性」を笑いによって打ち砕き、民衆の力を呼び込むための世俗化の装置として発明された。だから、あらゆる権威を笑い飛ばし、支配者の偽善や欺瞞をグロテスクにえぐり出すことで、笑いによる解放をもたらそうとする。今回テロの標的になった『シャルリー・エブド』紙も、一九六八年のフランス五月革命のなかから生まれ、アナーキーなユーモアを売り物にしていた。
 問題は、民主主義の装置である風刺画が、聖性と世俗性との区別を認めず「偶像崇拝の禁止」を根本教義とするイスラムに直面するときである。信仰を私的領域へと棚上げすることで宗教対立を収め、内面の自由、表現の自由を普遍的な基礎として成立してきた西欧の近代政治と、一神教の神権政治とが、鋭く対立する構図が生まれる。
 だが、今回の事件はそのような「文明の衝突」では説明できない要素が顕著である。事件が明るみに出したのは、一方における、訓練を受けたテロリストとしての手口の周到さ冷酷さ。他方における、それとは対照的な、犯人たちの驚くべき軽さである。
 まるでコンピュータ・ゲームを演ずるかのごとく、訓練を受けマニュアル通りに戦闘を繰り広げ、冷酷に警官や人質を撃ち殺すかと思えば、あまりに屈託のない声でインタビューに応じ、犯行ビデオを残して、最後はシナリオ通りに特殊部隊の銃弾の雨に向けて駆け込むように身を投げて「殉教」を果たす。このリアリティを欠いた行動の軽さに戦慄を覚えるのである。
 犯人たちは、フランスに生まれたアルジェリア系移民の子、マリ移民の子、それぞれ子どもの時分に親を失い孤児として育ったじつに哀しい境遇の若者たちである。被害者の側にもまた、マルチニク出身の見習い中の黒人女子警察官、倒れたところを冷酷に撃ち殺されたのは幼い頃に父を失ったイスラム教徒の警察官。被害者たちの無念が、事件の不条理さに折り重なっている。
 根底にあるのは、この世界の若者たちにとっての生きづらさである。民主主義が建前の先進国で育っても、教育格差、人種差別は顕著でまともな職はなく、社会的公正は見つからない。「第四世界」といわれるブラックホールに陥ってしまう。世界から見放されたと感じる者たちが辿り着くのは、死の彼方の聖性への跳躍の誘惑である。そこに「ホームグロウン(本国生まれの)・テロリズム」のつけ入る余地がある。
 私たちの社会はこの若者たちの生きづらさに、どのように手をさしのべればよいか。それは私たちの国にとっても決して無縁な問題ではないはずだ。