2013年3月25日月曜日

「『マラルメ・プロジェクト』讃」『舞台芸術』Vol. 17 Spring 2013 角川学芸出版, pp. 160-165 (2013年3月25日刊)


「マラルメ・プロジェクト」讃 石田英敬

Je tapporte lenfant dune nuit dIdumée !

 二〇一〇年より京都春秋座でこれまで夏に三度にわたり公演されてきた「マラルメ・プロジェクト Ⅰ・ Ⅱ ・Ⅲ」(企画浅田彰、渡邊守章)は、幾重にも独創的なパフォーマンスの実験である。
 難解をもって知られる十九世紀フランス詩人マラルメの作品を題材に、フランス語と日本語とを往還しながら、プレオリジナルを含む異同テクストを、厳密な生成論的研究を踏まえたうえで、考え抜かれた演出と、即興をふくむ声と身体のパフォーマンスをとおして、「舞台」にかけようというのだから、一見無謀ともいえる企てであることはまちがいない。
 浅田彰、坂本龍一、高谷史郎、白井剛、寺田みさこ、そして渡邊守章という当代の名だたるパフォーマーたちの参加をえて、初めて可能になった、思考とコトバをめぐる、音響とイメージ、声と身体で書く演劇的エクリチュールの実験なのである。

Ⅰ「危機」

 (はなし)は、マラルメの「危機」という、現代文学の巨大な起源神話(いんねんばなし)である。書簡の朗読をとおして語られることになる、「美」を求めて詩句を掘り進んでいった詩人が出会った「虚無」の深淵、おぞましい羽をもつ「神」との格闘の末、神殺しを果たした詩人を襲う酷たらしい人格解体の劇、言葉の意味をも失ってしまう「狂気」の経験、「破壊こそわがベアトリーチェ」と嘆ずるマラルメのあの「トゥルノンの夜」のドラマのひとくさり、コトバの焔の地帯に少しでも近づかんと試みた者ならば、誰もが聞き及んだことのある、私たちの思考を捉えて放さぬ冥府の(へそ)の経験なのである。
 『エロディアード』の制作に途上で詩人を襲ったこの危機は、やがて、ひとつの「哲学的小話」のシナリオに結実する。「マラルメ・プロジェクトⅡ」以降、渡邊らが遡上に載せた「イジチュールの夜」の素材となった草稿群である。
 「イジチュール」とは、自己療法として書かれたとされる、詩を書くこと自体を主題とした一種の形而上学的なドラマである。コトバという存在の住処を掘り崩すことで逢着した危機を、その当のコトバと似たコトバで書こうというのだから、自らのカタストロフを言語化する自ずからカタストロフィックな実践である。「もし、その話が成立するなら、僕は治るだろう、似タモノハ似タモノニヨッテ Similia Similibus(毒をもって毒を制す)だ」と、詩人が表白するゆえんである。

2 潜勢劇 

 さて、こうしたマラルメの危機の進行を跡づけるように、浅田・渡邊の「マラルメ・プロジェクト」もまた、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲと螺旋状に進化してきた。公演の構成が、その冥界下りの道行きを構造化している。
 発端には、劇場のための「エロディアード」の構想があり、夏の幕間劇としての「半獣神」の執筆があり、劇場と詩とを巡る、書くことの「不能力」との心身にわたる格闘があった。書簡の朗読が点描する危機の進行・・・。
 フランス第二帝政の終焉期、詩人二十代の頃である。
 詩のコトバの演劇性を掘り下げていくことによって、隠退する世界と入れ替わるようにせり上がってくるエクリチュールの舞台。不在の劇場に上演されるコトバは、その内部に、暗示的に、身体と身ぶり、音楽と光景をはらんでいる。「事物を描くのではない、その効果を描くのだ」という「とても新しい詩法」とはこのコトバの潜勢劇の発明なのである。
 それに応えるかのように、春秋座の舞台の上にしつらえられた大きな書物の頁のように開かれた二枚のスクリーン。そのうえに暗示的に浮かび上がっては消えていくイマージュと文字、黙劇(ミミック)」に似た踊る身体と、暗示的に垣間見られる「成り得ぬ潜勢の君主」ハムレットの劇・・・。目ざされたのは、身体の象形文字でかく「エクリチュールの劇」なのである。

3 翻訳の「呪法」

 この潜勢劇(ヴァーチャル・シアター)の原動力は、なんといっても言語である。渡邊の翻訳の力が、かれが「言語態」と呼ぶ、コトバの劇の定立を可能にしている。いま、そのコトバの(すがた)を調べてみよう。
 マラルメが、詩句を穿つことで虚無を発見するにいたったとき、制作にかかっていた詩作品は、エロディアードの「音楽的序曲」として書かれ、「古序曲」の題で知られている。
 偶然を完全に排除するエクリチュール。全四連、九六行が、第三連二〇行を中心部として、大きな鳥の翼を拡げたごとく、完全にシンメトリカルな建築的構成をとって配置され、作品全体にわたって、詩句が反響し合い語が鏡的反映を繰り返す完璧な交響楽的構築体。その中央部に、巫女(シュビラ)である乳母の「降霊術」の「声」の発話が、ただ一つの主動詞を軸に、一文二十行に渡って繰り広げられる。
 これを「魔法の影は、遣う 象徴の呪法を」で始まる渡邊訳は、修辞的疑問「〜か」、動詞の終止形、原文に密着した統辞的リズム、原文のカトリック典礼の語彙を、仏教の密教的用語に置き換えて生み出される擬古的な語彙系、五拍と七拍を交えた声明を思わせるリズム、等々のテクニックを駆使して、実に見事に、音楽的に翻訳の「言語態」を組み立て、主文動詞「今 立ち昇るのは、」の周囲に、絢爛たるコトバの織物を繰り広げてみせる。

 魔法の影は 遣(つか)う、象徴の呪法(しゅほう)を!
 あの影は 遥かな過去を 長々と 呼び起こす
 あれは わたしの声か、降霊の呪法(しゅほう)に 入らんとする?
 今もなお、思考の 黄ばんだ 襞のなかを
 徘徊して居る、古の あたかも香(こう)に 染()みた織物(きぬ)
 冷え切った香炉の 雑然と山をなす その上を
 (いにしえ)に穿(うが)たれた穴により、はたまた硬い 襞によって、
 いずれも律動により 穿(うが)たれて、また穢れなき レース編みは
 (きょう)帷子(かたびら)、美しき 浮き彫りかと見まがう 布(きぬ)を通して、
 立ち昇らせる、絶望のうちに、ヴェールの覆われた 古き輝き、
 今 立ち昇るのは、(この叫び声の封印する、遥かの地平、あれはなにか!)
 異形(いぎょう)なる真紅(しんく)の 鈍(にび)(いろ)に覆われた 輝き、
 声は悩ましげに、何も語らず、傍らには 侍()(さい)もおらず、
 ・・・・(残念ながら紙幅の都合上、以後省略)

「古序曲」の「乳母」はシュビラ(巫女)でもあって、彼女の「降霊術」の声は、聖ヨハネによる「新たな書物」(新約聖書)の世界の到来の預言という運命の日の曙の訪れをまえに、その発話のテクストのリズムがエロディアードの部屋のタペストリを喚起するとともに、彼女自身がこの降霊の発話を通して魔術的な「影」と化してタペストリのなかに消え去る(「あれは わたしの声か、降霊の呪法に 入らんとする」)とともに、彼女の「わたしの声」は、「わたし」から離脱して漂い、来るべき「預言者」ヨハネの「声」に一致しようと憑依する。マラルメにおいて、この「降霊術」の発話は、来るべき「新しい詩法」の「発話」を先取りする発話でもある。詩的発話自体の自己預言という、詩的言語の自己言及性の問題系を伴っているのである。
 他方、渡邊の構築する翻訳の発話の「声の詩法」は、まさに、その意味では、マラルメの「新しい詩法の声」を現代日本語へ「降霊」させるべく組織されているともいえる。
 乳母の声が、「旧約の世界」から「新約の世界」へのキリスト教進学のいう「契約置換」の境界に立つ発話(聖ヨハネの「新しい詩学」の声)の声を呼び出そうとする声であったのと相同形で、我が国の古いコトバの記憶に汲みつつ、原文の声を発明しようとする、渡邊流翻訳の「降霊術」の声とでもいうべきものである。それは、まさに、ほとんど「人間国宝」的なメートル(巨匠)の言語技であると言ってもいい。

 あるいはまた、渡邊版ラシーヌに慣れ親しんだ者であれば、「エロディアード 舞台」の七七五七五拍の独白のなかに、渡邊ブリタニキュスの絢爛たる〈守章節〉を聴き取るはずだ。

おお、鏡よ!
冷たい水よ、そなたを囲む縁の中、倦怠によって凍れる水よ、
幾度(いくたび)となく、いや長い時の間、夢想に打ちひしがれて、
ただ独り、我が追憶を、さながら深い筒井の底、
そなたの氷の下に沈む 枯れ葉のように、追い求めつつ、
遥か彼方の亡霊か、そなたの内に現したのだ、この姿を、
だが、おぞましい!幾夜かは、そなたの畏るべき泉水のうちに
知ってしまった、散乱する我が夢の 裸形の姿を!

 拍や節がないような詩の翻訳はありえない(巷に、「学者的な余りに学者的な」翻訳があふれているのは、この国の外国文学研究の衰弱の兆候である)。演劇のために書き起こされ、劇場を放棄することにより、言語の内部へとその舞台を移した潜勢劇が、渡邊訳の言語「態」として、その身ぶりを濃い陰影をもって浮かびあがらせるのである。

4 「イジチュールの夜」

 さて、そのようにして、渡邊版エクリチュールの舞台をとおして、われわれは「イジチュールの夜」の潜勢劇に招じ入れられる。
 「自ら事物を舞台にかける読者の知性に向けて」書かれた「哲学的小話」。おおまかなシノプシスらしきものをとどめた草稿群は細部については未分明な箇所が多く、いわば想像力がオープンに残されている。四部構成なのか、五部構成なのか、はたまた三段構成なのか、いずれにせよ。この暗示的な劇は、「絶対」や「無限」や「観念」や「行為」や「不条理」や「虚無」といった抽象的な「概念」たちの間で、「深夜」、「夜」を登場人物として組み立てられ、天地創造の際に紛れ込んだ「偶然」を「廃棄」する「宇宙の行為」の遂行という、まことに大それた「大きな物語」の「要約」としての「小話」なのである。
 それが、マラルメ自身のエクリチュールの危難を再現する演出によって、独特の語呂合わせ的な言葉遊びを通してテクスト化されている、まことにやっかいな散文の難物である。
 春秋座の「イジチュールの夜」では、こうした未完の草稿群の重ね合わせを、朗読と録音音声、映像とダンス、音響と演奏のそれぞれの即興を重ね合わせることで、断片的で暗示的なパフォーマンスの舞台を成り立たせている。
 朗読を担当する渡邊と浅田の声のパートは、渡邊が、作者〈マラルメ〉、浅田が主人公〈イジチュール〉という分身構造と見立てることができるのだろう。

5 「深夜」

 「イジチュール」の散文の特徴は、そのテクスチュアにある。「内部的脚韻」と呼ばれることもある、音韻エコーの関係が、語のカテゴリカルな同一性を揺るがせるところに、物語の仕掛けがある。このドラマの主人公は「時間(le temps)」であり、「部屋(la chambre)」の空間でもある。すなわち、あるいは、「不在(labsence)」でもある。
 「時間の部屋」の柱時計が、世界に引導を渡す「絶対」の「深夜」の十二時を打った直後の把持の時間性のなか、不在化したはずの「わたし」の「影」は、その現在時のなかにまだ幽かに残存している ー

[]確かに、[男姿の]深夜は、そこに現前して残っている。時刻は、鏡を通って消え去りはしなかったし、壁掛けに埋もれもしなかった、その虚ろな響きが、家具調度の存在を喚起してはいたのだが。わたしが思い出すのは、その黄金の響きが、不在のなかで、夢想の虚無なる宝石の姿を、豪奢で無用な生き残りだが、その姿を取ろうとしていたことであり、金銀細工の海と星々の複雑な配置の上に、無限に組み合わせの可能な偶然が、読み取れていたことを除けば、である。

「深夜Le Minuit 男性」と化した「わたし」は、「夜 La Nuit 女性」の中に、「影」となって、十二時の「時刻」の「衝撃」の「木霊」に導かれて、「人間精神」の螺旋階段を「事物の底」へと降下していく。「時間」「空間」のカテゴリ化がゆらぐ、この絶対的な「時刻」の経験を、マラルメは、「絶対」「偶然」「観念」「無限」「永遠」「混沌」「思考」のような、哲学素を擬人化してドラマ化している。
 ここでは、「深夜Le Minuit」とは、「ワタシガ夜ト化ス時刻 lheure oû je my fais Nuit.」であり、その「時刻(lheure)」は、時計の「打刻(le heurt)」として「時(hora)」の「黄金(son or)」を響かせており、その「衝撃(le choc)」が、時刻と主人公の墓への螺旋状の「落下(la chûte」というように、響き合う語の連鎖をとおして、空間も時間も、人物も小道具も、情景も行動も組織されている。マラルメが残した草稿には、「echo- ego heure heurt  choc-chute plume-plumage je 」といったパラダイムが記されているから、こうしたシニフィアンの連鎖にもとづいて、物語素を組織していったことが分かる。「深夜」の男性形や「夜 La Nuit」の女性形に渡邊訳はこだわっているが、じっさい、これらのパラダイムは、男性/女性の対としても機能しており、語の形そのものがドラマを駆動させる原動力として機能しているのである。
 かつて、フィリップ・ソレルスが「イジチュール」をさして「エクリチュールのコギト」であると評したが、たしかに、「深夜」の段は、「語に主導権を譲り、発話をとおして消失する詩人(la dispariton elocutoire du poete qui cede linitiative aux mots)」の「わたし(ego)」の「木霊(écho)」の自己反省=自己反射を書き留めているのである。

6 「回廊」にて

 「イジチュール」において、最も難解な断章は、第二幕「回廊 LEscalier 」である。
 「深夜」がコトバの「自己反省」によって「時間の部屋」を喚起していたとすれば、「回廊」はコトバによる演繹が、その展開を成り立たせている。例えば、次のようにである ー
 
 影は、暗がりに消えて、夜は、振り子の、振り子自身に合致してそこに消えようとしている、疑わしい知覚と共に残った。しかし、光り輝き、それ自身において息絶えつつ、消え去ろうとするものに対しては、彼女は、今なおそれを担っているのは自分であると知っている。したがって、彼女から発しているのだ!疑いはない、・・・」 彼女とは、夜である。時が終わり、永遠の夜が訪れているはずなのに、意識はまだ消えていないようだ。影と化した意識はそう自問しているようだ。

「懐い」(懐疑 le doute)と、「確信」(la certitude)を交互に繰り返す方法の進行が、「推論」(演繹 la éduction)による「反省(レフレクション)」の「階段」を作っていく。この思考実験の場所は、ここでもやはり言語の運動とともに形づくられて、「意識」の「影」がその回廊に自己を映し出す「自己反省」=「自己反映」の鏡の連続体とし、回廊のパネルが繰り広げられていく。マラルメにおける、「方法的懐疑」とは、このような言語の自己反省の運動なのである ー
 ――今度は、もはや疑いの余地はない。確信は明晰さとなって、己が姿を映す。無駄なのだ、虚偽の記憶の蘇り、その結果に他ならなかった確信だが、一つの場のヴィジョンが、なおも現れていた、そのようなものとして、たとえば、期待された間隙がそうであったはずのもの、事実それは、両側の壁面としては、パネルの二重の相対する形があり、対面する形で、前と後ろには、内実を欠く疑いの開口部があって、それが翼あるものの逃げ去ったパネルの音響の延長によって反響され、探索された曖昧さによって二重にされているから、推論として予想された事態の完璧な相称構造は、己が現実を裏切っている。もはや思い違いの余地はない、これは自己の意識であった・・・

 この「回廊」の段は、ポーの「大鴉The Raven」と「落穴と振子The Pit and the Pendulum」、デカルトの「方法序説」、そしてヘーゲルの「精神哲学」とを混ぜ合わせて書かれていると私は睨んでいるが、第一段「深夜」で遂行されたエクリチュールの自己反省を、こんどは、ヘーゲルばりの「精神史」のなかに記入し、詩人の種族の歴史の「自己意識」へと辿り着こうとする演繹をおこなっている。「影」の推論は、「疑い」から「確信」へ、さらに、「虚偽」の否定から「明晰さ」へ、そしてついに、「夢の構築物」の「美しい相称構造」の螺旋階段の踊り場で、詩人の種族の歴史と一致する「自己の意識」の明証性に辿り着く。
 渡邊訳は、この主人公の「推論」による場の構築を、原文が生硬にいきなり使用するむき出しの哲学素を生かしながら、トポスの移動を原文のシンタックスのリズムと合わせながら、じつに巧みに日本語化してドラマ化している。
 この反省=反映が「自我の頂」において、種族の歴史との一致を実現した後、「人間精神」の階段を降ってついに「事物の底」へと辿り着いた主人公は、賽を投げて、「偶然の廃棄」を確認して、種族の亡骸のうえに横たわる、とスクリプトには読めるのだが、渡邊版イジチュールは、最後に、主人公が自身の生涯を表白する「イジチュールの生涯」の場を設定している。

7 「やがて 鮮やかに 極北の 七重奏」

 さて、残念ながら約束の紙幅が尽きた。まだまだ語るべきことは多くあるが、「書物を閉じ 蝋燭に息を吹きかける」時だ。

見上げれば、夜空には、

煌めきの やがて鮮やかに 極北の 七重奏。
     
 ドビッシー生誕一五〇年の今年は、最後に、渡邊による「半獣神の午後」の原詩朗読と坂本龍一の演奏が添えられた。来年も京都の夏の「イジチュールの夜」が楽しみである。


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2013年3月24日日曜日

「混迷を読み解く強靱な知性:ウンベルト・エーコ『歴史が後ずさりするとき』」書評、『日本経済新聞』2013年3月24日朝刊22面「読書」



  歴史が逆戻りを始めたのではないかと、二十一世紀の始まる頃からさかんに言われるようになった。長い「冷戦」の後「熱い戦争」(湾岸戦争、アフガン・イラク戦争)の時代が到来し、まるで中世に戻ったかのように聖戦や十字軍が叫ばれ、原理主義や宗教対立や人種・民族問題が噴出した。娯楽化するメディアによって人々の世界はむしろ魔術化して、迷信や軽信が広まり、「メディア・ポピュリズム」が台頭した。進歩していくはずだった歴史が、脅威や不安を前に後ずさりするエビのように、「後ずさりする」現象が目立ち始めたのだ。
 「後ずさりする歴史」、それが、このエッセイ集が扱うテーマだ。イタリアの日刊紙や週刊誌に時事的に書き継がれた文章を集めて編集している。「後ずさり」しようとする歴史を捕まえるためには、近代を超えて歴史を遡りうる深い洞察力、同時代のメディア社会の兆候を見逃さない鋭い批評力、政治やメディアの欺瞞を喝破する透徹した論理力が必要である。中世神学の研究を出発点に、メディア現象を読み解く独自の記号学を築き、世界的なベストセラー小説を次々と発表してきた、ヨーロッパを代表する大知識人ウンベルト・エーコがその強靱な知性をフルに発揮して現代文明の混迷を読み解いている。
 戦争の変質、メディア・ポピュリズムの君主的体制、新たな帝国、十字軍の回帰や反ユダヤ問題と、エーコは中世の枠組みを借りて現代世界の問題群を取り出して見せている。その時々の政治やメディアのレトリックを俎上にのせ強靱な(縦横無尽に)論理のナタを振るい、知性のスパイスを加えたうえで洒脱な文体で料理してみせる。イラク戦争時のバグダッド陥落を先取りするかのように、十字軍による「エルサレム陥落」を「生中継」して見せた小論などを試しに読んでみるとよい。
 ゼロ年代のイタリアで書かれたクロニクルだが、我が国の現状にこれを引き写したときに何が見えてくるか。エーコの文体の技巧を味わいつつ、絶妙なイタリア料理を嗜むように知のレッスンを賞味しながら、我らの今日を振り返ってみよう。原著者の口吻を日本語で伝えることに成功した翻訳にも拍手を送りたい。

2013年3月18日月曜日

『東大教師 青春の一冊』東京大学新聞社編、信山社新書 2013年3月18日 、「『亡命生活』とニーチェ読解 ジル・ドゥルーズ“Nietzsche et la philosophie”」、pp.146-148 『東大教師 青春の一冊』東京大学新聞社  292頁 2013年3月10日 信山社

76年の春だったと思う。その頃、私は、パリでひとり「亡命生活」を送っていた。その前の数年は、最近、四方田犬彦(『歳月の鉛』工作舎刊本年5月刊)が書いたような「鉛の歳月」だったからだ。
 復活祭のバカンスは、パリの北部歓楽街のピガールから少しさがったラ・ブリュイエール街の屋根裏部屋に引きこもり、乾いたパンとチーズ、そしてリンゴをかじりながら何冊も本を読破した。
 当時の私は、「政治」からも「思想」からも「降りた」つもりだった。ただ「生きている」ことの意味をかみしめている毎日だったと言えるかもしれない。隣の部屋にはチュニジア人の鉛管工の家族が住んでいて、小学生の男の子がときどき宿題をもって遊びにきた。その向こうの部屋には「オ・ペール(住み込みベビーシッター)」のフィランドの女子学生がいて、廊下の暗がりですれ違うと金髪がまぶしかった。
 何冊も何冊もただ本を読み、貧しい食事をし、ノートをつけ、眠り、また本を読む、文字通り孤独なしかし書物と深く対話する日々だった。そのように読書を繰り返すうちに出会ったのが本書である。確か、サンミシェル街のソルボンヌ広場の角のPUF書店で買い求めた一冊だったと思う。
 ニーチェについては、日本を出る前に「永劫回帰」について深く考えたことがあった。自分自身の「死後」と向き合ううちに、ある種宇宙論的ともいえる特異な時間的実存を発見したように感じていたからだ。
私がジル・ドゥルーズの書に読んだのは、それまで語られていたマルクスや実存主義の弁証法や否定性の理論とはまったくちがう、「肯定」の思想、「反復」や「偶然」や「力」をめぐる「ハンマーで打つ哲学」である。私は、自分のニーチェ読解からえていた時間的実存を、ドゥルーズが解くニーチェの哲学に重ねて読んでいった。それが当時の閉塞の状況からのニーチェ的な「快癒」の書となったのだと思う。まったく新しい思考の可能性を発見したのである。
 そのころ私はフランス語のトレーニングを積んでいたから、当時読んだのはもちろんすべてはフランス語原書である。自分自身の思考が別の言語で動き始める経験、自分自身の思考の分身が別の言語で立ち上がるような経験だったといってもいい。
 その後、しばらくして、ヴァンセンヌの森の大学にドゥルーズの講義を聴きにいき、コレージュ・ド・フランスのフーコーの講義に出かけていくようになった。今につながる自分自身の思考の原点である。

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http://nulptyxcom.blogspot.jp/2013/12/300-3502013129pp-13-45.html

2013年3月1日金曜日

「『負の時代』のメディア政治のゆくえ:『不思議メモ帳』覚え書き」、『世界』、岩波書店、No.841別冊「政治を立て直す」, 2013年3月1日発行, pp. 140-147

「政権交代」とメディア
    -「不思議メモ帳」覚え書き -
               石田英敬
 
1 メディアの「不思議メモ帳」

 フロイトに「『不思議メモ帳』についての覚え書き」(一九二四年)という小論がある。不思議メモ帳とは、「マジックスレート」や「お絵描き板」といった名前で日本でも昔から売られている子供向け玩具である。蝋板とパラフィン紙と透明なセルロイド板(最近のものは素材をプラスチックなどに変えているが)を重ねて、セルロイド板の上からペン代わりの尖筆で文字や絵を書き込む。書き込まれたパラフィン紙を持ち上げて蝋板ら離すと、記入面が新(ルビ:さら)になって何度でも書いたり消したりできる。
 「快感原則の彼岸」や「自我とエス」を書いていたこの当時のフロイトは、これを「心の装置」の格好のモデルとして取り上げている。透明なセルロイド板は、尖筆で書き込む入力の圧力を受けとめて、外部からの「保護」の役割を果たしている。その下の薄いパラフィン紙は、入力が文字や絵として表象化される「知覚-意識」の層。それよりも下にある蝋板 は、痕跡が「記憶」として貯蔵される「無意識」の層にたとえられる。
 文字や絵の表象が浮かびあがるのは薄くて破れやすいパラフィン紙の膜の上である。書き込みで埋まったパラフィン紙を持ち上げると書き込み面はクリアされて絵や文字は消えてしまう。これは人間の心で知覚や意識から像が消え去るのと同じだ。いちど書き込まれた文字や絵は、しかし、知覚-意識の面からは消え去っても、一番下の蝋板のうえには痕跡が残っており、光を当ててみると判読することができる。この用具では、その記憶の痕跡を呼び出す –「想い出す」 -- ことはできないが、それが、「万が一、われわれの記憶と同じ再生能力を有するのなら、それこそ真に不思議メモ帳と呼ぶに値する」とフロイトは書いている(以上、岩波書店『フロイト全集18』より引用)。
 このフロイトの「不思議メモ帳」、どこか現代のメディア端末に似てないだろうか。似ているというより、例えばまさしくi-Padである。i-Padでは、入力されて消されても音声や映像の痕跡はサーバー上に残されていて、「呼び出す」こともできる。まさしく、フロイトのいう完璧な「不思議メモ帳」なのである。
 フロイトの説を延長するなら、現代人は、i-Padのような「心の装置」の補助具を携えて、メディアに結びつき生活していることになる。外部世界からの刺激情報をメディア端末を通して受け取り、意識にとどめて表象を生みだしては、記憶の層へ次々に送り込んでいる。
 いまではそれぞれがネットワークにつながった「不思議メモ帳」を心に実装している小人たちの国「リリパット」の住人こそ私たちであり、小人たちが集まって構成する「人造人間」。それが、私たちの「リヴァイアサン」である。私たちのリヴァイアサンがどのように「政権交代」にひどく熱狂したのちにひどく失望したのか、その心変わりの顛末を「不思議メモ帳」の痕跡から辿ってみることにしよう。


2 メモリー・トラブル

 研究室のゼミ生たちに聞いてみた。二〇〇九年九月から二〇一二年一二月までの民主党政権の三年半足らずについて、私たちは、いったいどのようなことを印象深く覚えているのだろうか。そもそもいったい何をはっきりと思い出せるだろうか。皆の心のi-Padにどのような「政権交代の記憶」が像を結んでいるのか興味があったのである。
 大学院生たちなので、さすがに、首相の名前や、基本的な事実、民主党政権の崩壊にいたる経緯はだれもが知っている。
 しかし、私が知りたかったのは、時間実感、政権交代という近い過去の経験の手応えなのである。いったい何が人びとの熱狂を生み、何が見失われ、何が私たちを失望させたのか。ところが、私をふくめてだれも決してうまく完全には思い出せないようなのだ。
 近い過去の記憶がぼんやりとしている。あるいは、時間の奥行きが歪んでいる。私たちは、まるで奇妙な健忘症に罹ったようである。
 この「政権交代をよく思い出せない」症候群。どのようなことか、いくつかの例で示すことができるだろう。
 二〇〇九年の頃はイラク・アフガンでは戦争・戦闘が続き、前年のリーマン・ショック、世界金融危機の記憶がまだ強く意識されていた頃で、米大統領選挙におけるオバマ現象が全世界を熱狂させていた時代である。そのように思い出してみれば少し納得がいく。
 これらすべてに関して、ある意味で、当時の人物や配置はそのままであると同時にすべてが変わってしまっているという中途半端さが奇妙な時の歪みの感覚をもたらしているとも思える。
 金融危機は曖昧に視界から消え去ったかのごとく、しかし、欧州ソブリン危機につながり、しかし、ついに誰も責任を問われることなく、世界はまた次の危機にむけてなし崩し的に続いているように見える。世界戦争秩序についても同様なのだが、この国の住民にはそれらは遠い出来事と映るのだろう。オバマと新しい草の根民主主義への期待と失望に関しても同じである。あの頃は、新しい政治の胎動に実感があった。オバマ政権の組閣と中間選挙以降、それは急速にしぼんでいった。
 世界の出来事の文脈を引き直してみれば、希望的に投企された未来の時間性がはかなく消え去り、同じ登場人物で続く現在時の像との齟齬が、うまく調整されずに私たちの浅い記憶の層にとどまっているのだろう。
 その間に巨大な壁のように〈3・11〉の記憶が立ちはだかっている。
 私たちは宇宙的な時間尺度のカタストロフィーを目の当たりにした。テレビやインターネットの画面に映し出された、押し寄せる巨大な津波の破壊の光景に茫然自失し、福島第一原発の不気味な姿に不安をつのらせ、この国はいったいこれからどうなるのか、何より被災した人々のために何ができるかと誰もが真剣に考えた日々はほんのついこのあいだである。
 世界がまったく変わってしまったのに、世界はいまも「同じ」だ。政治は何も変わらなかった。ということがむしろ記憶を混乱させている。取り戻した「日常の感覚」が、世界の崩壊に立ち会ったあの破局の光景の記憶と奇妙に乖離している。カタストロフィーの時間と、いまの時間が結びつかず、あの光景は、別の光景として、この世界の知覚と意識の外に取り残されたままではないか。それが、ときに、フラッシュ・バックする。
 そして、今再び、私たちは、「政権 - 再 - 交代」という、笑えない笑劇の既視感(デジャ・ヴュ)に襲われている。 
 例えば、これまで数年にわたって気を失っていた人がいると仮定しよう。目覚めたその人が、いまテレビをつけたと想像しよう。彼の戸惑いははかり知れない。ー 「ああ、まだ悪い夢がつづいているのか?おや、しかし、この人は、こないだ、辞めた大臣だったはずではないのか。あれ、この人は総理から副総理になったのか。しかし、もうひとりは、たしか、その前にやめたはずだが・・・」、等々。

 世界は、なんとも奇妙な時間の迷路に迷い込んだものである。これはひょっとすると永遠の現在なのか。私たちの記憶障害のもとには、「時間の構図」が崩れて切り裂かれ、健忘症とデジャ・ヴュ、フラッシュバックなどによぎられた時間が流れている。

3 メディアという忘却装置

 私たちはメディアをとおして世界の出来事を知り経験している。フロイトによる「不思議メモ帳」のモデルが示すように、メディアは、情報を次々と私たちの「心の装置」に書き入れると同時に、繰り返し消し去って人びとの意識を更新していく。つまり、世界の出来事の表象を生み出すと同時に、片端から忘れさせていく「忘却装置」でもあるということだ。
 メディアは、私たちの意識の世界をむき出しの外部世界の出来事から「保護」している。世界の出来事の巨大な文脈を、人びとの生活世界になじむように小さな話題へと噛み砕き単純化して世界を「分かりやすく」していく。
 メディアの現在時が更新されるサイクルはどんどん短くなる。一週間超えのニュースは少ない。新聞やテレビなら一日や一週間だが、ネットだと更新はさらに頻繁、ツウィートはほとんどリアルタイムで流れていく。情報の過剰と更新サイクルの加速は、人々を「忘れやすく」し、「分かりやすい」小さな話題の消費へと差し向けていく。
 冷戦後とくに世界のニュースメディアは国際的な分業体制が進み、国内メディアは、ますますドメスティックな情報空間に閉じ込められるようになった。
 日本のように国内の主要メディアが(新聞社とテレビ局のように)系列下されて寡占状態にある情報空間では、均質な情報をめぐっての話題競争がニュースの主流を占めることになる。そして、国内的に競争しているかぎり、グローバル化した世界における情報の流れに国内メディアはついて行けない。これに日本では記者クラブ制度に示されるような官製の情報制御の問題が加わっている。
 こうした一般状況においては、メディアも政治も、大きな射程の議論や多様な文脈を確保して、国際情勢や人口問題、社会や経済の分析を深掘りして政治的議論のフレームを設定することが難しい。
 それでも、民主党政権の初期には、それなりに大ぶりのテーマが掲げられていた。「東アジア共同体」とか、「新しい公共」とか、新しい社会政策(「子供手当」や「男女共同参画」など)とかである。あるいは、情報の流れに関わる改革としても、記者会見のオープン化など「情報公開」の取組が行われていたと思う。大手新聞の方でも、新政権の社会政策を特集する報道編成を敷くなどしたところもあった。
 こうした変革の青写真はあったと思えたにもかかわらず、私たちはそれらをなかなか想い出せなくなっている。そもそも「マニフェスト」とは、ますます情報に流される世界において、時間的に持続する、社会との「約束」であったはずだ。しかし、残念ながら、「役者」がそろわず(というか、むしろ「仲違い」が目立ち、「劇団」がごたごた続きで)、その「演技」のパフォーマンスは大幅に期待を裏切る結果に終わったということなのか。「政権交代」は、結果的にまともな「物語」として成立せず、断片的な失態の逸話だけが、人びとに記憶されることとなった、ということなのか。
 今現在の時点で、人びととメディアが「想い出して」いるのは、普天間問題での鳩山首相の失態、菅首相の参議院選「消費税」公約「違反」や、野田首相の「近いうち」解散などのエピソードであるだろう。まさしくマニフェストという「約束」の不成立をめぐる断片的記憶の集まりなのである。
 私たちが忘れてはならないのは、メディアは人びとのオピニオンの「鏡」を人びとに向けるということである。人びとの熱狂が冷め、懐疑の目を政権へと向け始めるや、メディアもそのような眼差しで話題を設定する。すると、人びとはますます不信の眼差しを政権へと向けるようになって負のスパイラルに陥り失速する。このところ先進国では大統領や首相の就任時六〇〜七〇パーセントの支持率が半年後には半分になるという現象を例外なく繰り返してきた。これは、あるいは、今の時代のメディア状況が、ネットが発達し、ソーシャル・メディアのように双方向でボトムアップの回路を強めれば強めるほど、代議制民主主義が成り立ちにくくなってきていることと関係するだろう。
 民主党の「マニフェスト」とは、その代議制民主主義の蘇生のためのツールであったはずなのだが、肝心のその仕組みを、自らなし崩しにしてしまった(と受けとめられた)ことが、おそらく、民主党が正統性を失墜した決定的な要因である。人びとは、あるときから、もはや、「マニフェスト」という民主党の「お話」を信用しなくなったのである。


4 「負の時代」のメディア政治

 「負の政治」の時代に突入して久しい。国の主権を逃れて拡がる、情報、金融、資本の流れを前にして、根本的政治選択の余地は乏しく、一国の政治には、受け身の「適応」があるのみとはしばしば繰り返されることだ。「負の政治」とは、端的にいえば、リストラの政治、コイズミ時代にいわれた「痛みを伴う構造改革」の「痛み」の政治である。
 世界的に不況が蔓延し、本質的選択肢なき選択が一般化するなかでも政治のメディア化はますます進んでいる。それが政党政治のみならず、代議制民主主義そのものを危機に陥れる。
 代議制民主主義には原理的に「遅れ」が必要である。「代表」を選ぶための時間プロセス、意志決定にいたる討議プロセス、決定が実行され成果を出す時間、それが民主主義に不可欠の遅れであり、社会にとって政治的判断力の醸成を担保する。
 ところが、メディア化した社会は、こうした遅れの時間を許さない。毎週実施される世論調査の値があたかも政治的正統性の拠り所であるかの倒錯に国民も政治家も陥って久しい。
 現在の政治は、「負」を分配する「改革」のせりあげゲームとなり、政治家はかつてのような「正」の利益分配者であるよりは、負の分配を行う「改革」者として振る舞うようになる。
 テレビの瞬間視聴率調査のような世論調査を行っているうちに、選挙民の消費者化は極限化してゆき、選挙民もまた政治家を査定する「負の分配者」として振る舞おうとするようになる。
 民主党の政治でもっともメディア受けしたのが「事業仕分け」のメディア・イヴェント化であったことが雄弁にそれを語っている。選挙民は、政党への忠誠を失っているので、選挙のたびに「スイング」する無党派層が、政治家の一挙手一投足にチェックをかけ、厳しく査定して、次の選挙で「ダメだし」するようになるのである。結果、政治は不安定化し、国会は「ねじれ」、政治が足を取られて動かなくなる。国民の不満と苛立ちはさらに募っていく。
 ネットの普及はこうした政治のメディア化をさらに加速している。政治家によるツイートは「サウンドバイト」として常態化し、新聞、テレビ、サイト、ブログ、ツイッター等々と多メディア化して加速する情報の流れのなかで、政治家も選挙民も、「分散並列処理」型の情報行動を行うようになる。私たちの心の「不思議メモ帳」が接続されているメディアの情報空間とはそのようなものであり人びとが政治に向ける注意は「ハイパー注意力型」(テレビを見ながらネットをブラウズし、メールを打つなど、複数のメディア刺激に対して同時に反応すべく条件付けられた注意力過敏の傾向)のものとなり、メディア多動症的政治家とメディア多動症的な選挙民という組み合わせが増幅される。現代のポピュリズムとはこれである。
 しかし、そのように短期的に波動するメディア政治に注意力を向けるだけで、私たちは、国の将来を適確に判断して見通しを立てる、長い射程をもつ政治的判断力を培うことができるだろうか。 
 世界の産業構造の変化、グローバル市場化、労働形態の非正規化という世界的な文脈、世界の地政学的な変化(領土問題の浮上)、そして、自然災害、多発するカタストロフィー、原子力エネルギー問題など、あるいは、国の債務や、金融資本主義、いずれも、大きな世界的文脈をとらえて長い射程の判断力を社会が持たない限り、対応不可能な課題(アジェンダ)であるはずだ。
 しかし、実際の政治は、ますます、国内からは見えない政治アジェンダに規定されてグローバル世界への適応へと「追い込まれ」ていく、というのが、現在の私たちの国の「政治とメディア」の基本構図である。ナショナルに決められるのは「ナショナリズム」ぐらい!しかし、以上から分かるとおり、それは、世界の状況から受け身で「追い込まれた結果」のリアクションにすぎない。
 民主党の「政権交代」の悲劇は、政策資源が枯渇した「負の政治」の時代に、ようやく政治権力に到達したことであるが、そうでなければ、そもそも政権交代は起こりえなかっただろう。私には、民主党のマニフェストは世界の大きな文脈に答えようとしていたと見えたのだが、その社会政策の一部は確かに実現したと言えるものの、しかし、「消費税」や「TPP」に過剰対応し「マニフェスト」という「代議制民主主義」の装置を無効化したことは、大きな失態である。


5 「無力の淵」から浮かびあがるもの

 最後に、「政権交代」の記憶の「不思議メモ帳」の一番底の蝋板から「浮かびあがる」ものを読み取ってみたらどうだろう。
 本稿をとおして辿ってきたように、そこには、いずれも切れ切れにしか思い出せなくても、この三年半にわたって書き込まれてきた政治のアクションの痕跡がびっしりと書き残されているのが読めるはずだ。
 公平に評価すれば、いくつかの社会的改革の筋道が書き込まれたことは事実だろう。重要な政策のいくつかは実現をしたし、それらのうちあるものは不可逆的である。
 しかし、人びとの現在の意識には、そのような現実化された政策課題ではなく、実現されなかった希求、どう見ても失敗であったという夢のプログラムの頓挫の想いが浮かびあがることはいかんともなしがたい、
 その失敗した夢のシナリオとは、一貫性を欠き、途中で投げ出されてしまったかに見え、人びとに理解可能なかたちではおそらくはこれ以後も記憶に残らない、なんとも無残なシナリオであり、その切れ切れの断片こそが、不思議メモ帳の一番底の蝋板に幽かに残されて、浮かびあがってくる判じ絵なのではないかと思えてくるのである。それが何であったのかということを見極めておくことがおそらくは重要だと思えるのである。
 思考実験あるいは空想だが、そこには、誰にも明確に想い出すことができない、別の人物の肖像、第四の「見知らぬ宰相」の顔が陰画のように浮かびあがって来ていると考えてみたらどうだろうか。
 ひ弱なお坊ちゃま宰相で宇宙人という評価で「普天間問題」の失敗で記憶されるようになった第一の宰相の挫折は、しかし、徹頭徹尾、アメリカの戦略に組み込まれているこの国のすがたを露わにした。
 市民運動出身で、庶民宰相を訴求した第二の宰相は、国の債務問題やグローバル化世界での「平成の開国」への過剰適応に追い込まれた。千年に一度の大災害のなか奮闘したが「原子力村」に足をとられて「失脚」した。
 第三の宰相は、「決断の政治」の政治をめざしたが、原発再稼働を自ら命じ、領土問題を昂進させ、政権交代そのものを幕引きする役割を負った。
 それら三人の現実の宰相の肖像のその下に、二重写しのように、誰にも気づかれずに、もう一枚の知られざる「無力の宰相」の顔貌が滑り込んでいたのだとしたらどうだろうか。それこそが、「失敗した政権交代」の宰相の顔であり、この国の政治の無力と抜けられぬ轍を指し示しているのだとしたらどうだろうか。
 その憂い顔の「失敗した政権交代」の宰相は、それぞれが具体的な人間的能力の欠陥と限界を晒した実在の三人の実像の下で、あくまでも潜勢的な「政権交代のアプリオリな宰相」の位置で一体何を語るだろうか。
 彼は無言のうちに証言しているのかもしれない。沖縄や核の問題とは、多くのまがまがしい出来事や死者たちが沈んでいった、歴史が停止している暗い陥没の淵であって、そこに触れてはならないという声がしたのだ、と。この国の体制には国家を変わらせまいとする「理性の奸智」が働いていたのだ、と。あるいはまた、グローバル化とは、いかなる政治も無力化する巨大な渦であって、現実的であろうとすればするほど、深い無力の淵に沈む以外にないメイルストロム(大渦潮)なのだ、と。そして、私たちの国の政治を重層決定している、だれもが足をとられる深い溝があって、自分たちは身動きがとれなかった、と。
 それこそが、この国の政治をとらえてはなさない「政治的無意識」の痕なのかもしれず、そうもし私たちの政権交代不思議メモ帳のどこかに書かれている痕跡が見つかるとすれば、私たちも、どうやら、この三年半の記憶を少しは整理できそうにも思えてくるのだ。



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