2016年9月23日金曜日

ブックレビュー 〈インターネット〉の次に来るもの

ブックレビュー:〈インターネット〉の次に来るもの ケヴィン・ケリー著 
デジタル社会で人間のできること

2016/9/18付 日本経済新聞 朝刊

 人工知能(以下AI)の進化が近い未来に技術的特異点(シンギュラリティー)を超えて、統御不可能な大変化が人類文明に引き起こされると言われると だれもが落ち着かなくなる。自分はやっていけるか、会社は大丈夫だろうか、子供たちの教育は、これからの社会はいったいどうなるのか。
 本書は、1990年代からデジタルカルチャーのトレンドを先導してきた雑誌「WIRED(ワイアード)」の創刊編集長で、テクノロジー世界の未来を予見するにはもっとも見通しのきくポジションにいる著者によるデジタル文明の診断書である。
 デジタル技術が次々と変化を引き起こし、相互に結びついて「止まることのないアップデート」を繰り返し破壊的進歩が進行する。その「なっていく(ビカミング)」プロセスを、アクセッシング、トラッキング、シェアリングといった十二の動詞の現在進行形に分類して、「今後三十年を形作ることになる不可避なテクノロジーの力」が描き出される。
 起こりつつあるのはヒトの生活世界の全面的な認知化(コグニファイイング)である。AIというとロボットやスーパーコンピュータを思い浮かべがちだが、今問題となっているのは、ヒトとモノが全面的にデジタル・ネットワークのなかに組み入れられ結ばれるなかで姿を現しつつある〈人工的な知性〉のあり方だ。
 現在の世界ではすでに40億の携帯電話と20億のコンピュータがつながって、地球の周りを継ぎ目なく覆う〈大脳皮質〉を形成している。地球上の150億を超えるデジタル・デバイスにはすでに全体で10垓個(10の21乗)のトランジスタが搭載され、その結びつきは人間の脳のニューロンの一兆倍以上の規模のネットワークを形成している。並列計算の爆発的進化、巨大なデータの集積、「深層学習」のアルゴリズムの発達によって、技術環境として外在化された巨大な〈脳〉をプラットフォームにして人類全体の生が営まれるようになってきている。
 デジタル化した世界は、あらゆる事象がコピーされて流れていくフローな世界だ。すでに我々が目にするすべては、スクリーン化し、アクセスと共有が基本で、情報の流れはフィルタリング、トラッキングされ、著者が「テクニウム」と呼ぶ、生命体のように自己組織化し続ける技術的生態系のなかに包摂されていく。
 問題は、不可避な技術進化は、人間の幸福を必ずしも意味しないことだ。「良い質問とは、人間だからこそできるものだ」と著者の言うとおり、この不可避性を踏まえて技術と共進化する次の世界を「問うこと」から「始める」しかない。

2016年9月6日火曜日

日本記号学会 編 『ハイブリッド・リーディング ――新しい読書と文字学』

日本記号学会 編
ハイブリッド・リーディング
――新しい読書と文字学


http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1486-7.htm


〈バベルの図書館〉化した宇宙で、〈書物〉を問う

 電子メディアの時代に〈書物〉の記号論を問うとはいかなることを意味するのか。
 電子メディアのセミオーシスは、書物のセミオーシスの何をいかに書き取り延長するのか。書物のセミオーシス(リテラルな文字化)が、デジタルな文字化によって二重化されるハイブリッド化の認識の回路において、〈記号の知〉はどのような変容を蒙るのか。

2014年5月に行われた日本記号学会「ハイブリッド・リーディング -- 紙と電子の融合がもたらす〈新しい文字学〉の地平」、遂に書籍刊行 !

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 いま世界では果てのない〈普遍図書館(Bibliotheca de Babel)〉が建設中で、人びとは〈顔の本(Facebook)〉によるお見合いで知り合い、〈家庭の頁(homepage)〉を単位に日々の暮らしを更新し、毎分のように文字列を〈呟き(tweet)〉合って生活している 。ほとんどの日用品は〈本屋(Amazon)〉が運んでくる。本屋が運んでくるモノはすべて〈本〉として分類され、世界全体が〈机の上(desktop)〉になり、本の数は日々爆発的に増殖し世界の机の上が異様に散らかっている。
 二十世紀には「グーテンベルク銀河系」のまぢかな終焉が預言されていた。だが、訪れたのは、〈超-グーテンベルク〉期である 。
 あらゆる生活場面で人びとは、〈本〉を読んでいる。地下鉄にのると、どの車両でも乗客は〈私本(アイホン)〉などの〈賢明本(スマートホン)〉を読んでいる。街角では、皆が古代ギリシャ人さながらに、〈私板(IPad)〉を持ち歩いて、カフェに腰をおろして、〈汝管(YouTube)〉をのぞき込んでいる。超-グーテンベルク期とは、ひとびとが寝食を忘れ、本を読むことも忘れて本を読むまでに本の文化が異常発達をとげた〈新人類期(Anthropocene)〉なのである。
 世界経済はいまハイパー出版資本主義の絶頂にある。本の生産・流通・消費こそが、この知識産業社会の基幹産業であって、消費、とは、〈読者〉を生産する活動である。〈本屋〉の提供する〈金取(Kindle)〉本によって、人びとは〈読者〉になる。一度読む消費者になると、次々に読むべき本が推薦(recommendation)されて、1時間以内に、〈本〉たちが〈人工蜂(drone)〉に載せられて運ばれてくる。〈人工蜂〉は〈地球磁針(GPS)〉と連動しているから、どこまでも追いかけてくる。
 〈手紙(e-mail)〉のやりとりも、これほどまでに発達した時代はなかった。地域の市役所や役場も民営化されて〈書店(Tsutaya)〉ネットワークとなり、住民票も茶(T)カードとなっている。街角のコンビニエンスストアも書店網(TSUTAYA)と一体化し、配達のために〈飛脚(Sagawa)〉が飛び交っている。会話は一四〇字に制限されて〈付け文(Twitter)〉で行われるので、俳人と歌人が何万人もの〈弟子たち(followers)〉の群れを従えるようになり〈俳歌壇社会〉が圧力団体として政界を牛耳っている。
 いまでは全てのモノが〈本〉として分類され、相互に参照し合っている。〈モノが本になる(Internet of Things)〉時代なのだ。これをIoT  -- モノのインターテキスト(Intertext of Things) -- と呼ぶ。本たちはじかにお互いに結び付き相互に〈読み合って〉いるのである。
 ときどき街角には「ゴミハウス」と呼ばれるモノが家から溢れ出す現象が観察されるが、これなども〈本屋〉が運んでくる本が机の上から溢れ出し、さらに本と本とがIoTで呼び合って、隣の家から呼ばれて来た本たちが押し寄せて、家が破壊されて、本たちが路上へ溢れ出している例である。人びとが、〈私本〉や〈賢明本〉をあまりに熟読し、歩きながら読書にふける〈二宮金治郎〉症も広がり、ぶつかりや転倒・転落の事故も頻発している。 
 さまざまな本をむさぼり読む、〈本の虫〉たちが大量群棲する〈社会昆虫網(SNS)〉が発達して、〈議論する公衆〉が陸続と登場し、「討議型民主主義」が拡がっている。知識人たちが18世紀に夢見ていた〈公共圏〉が遂に実現したといえる。

(石田英敬「新『人間知性新論』〈本〉の記号論とは何か」 より抜粋)

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